3.人工転写調節タンパク質で遺伝子を操る
亜鉛フィンガーやロイシンジッパーは代表的なDNA結合タンパク質の構造モチーフであり、これらを人為的に設計あるいは改変することにより、天然の転写因子が成し得ないユニークな特性を持った人工DNA結合タンパク質や人工転写因子の創出が期待されます。これらの人工蛋白質創出の試みは、細胞機能や遺伝子治療に関する新しい理解や概念につながるのみならず、タンパク質の構造と機能の相関に関する詳細な情報を与えてくれるものと考えられ、分子生物学、細胞生物学、タンパク質工学、ケミカルバイオロジーなどの様々な分野に大きなインパクトを与える研究と考えられます。私達はこのような夢の実現に向けて、日夜研究を進めています。最近の成果のいくつかを以下に紹介します。
(1)亜鉛フィンガー型転写因子による細胞内時計周期の誘導
亜鉛フィンガー型転写因子の特徴であるDNA認識様式の設計の柔軟性・多様性を利用して、最近、私達のグループでは、人為的に作製した転写因子タンパク質を用いて細胞内の概日リズムを調節することに世界で初めて成功しました(京都大学薬学研究科岡村教授との共同研究。Imanishi, Angew. Chem. Int. Ed., 2011)。また、概日リズムを人工的に産み出し、制御する新しい転写制御系を創出することにより、概日リズムが細胞レベルでどのような影響を与えるかを調べる試みも行っています。タンパク質工学・ケミカルバイオロジー的アプローチによる私達の研究は、従来の分子生物学的アプローチとは異なる切り口でのユニークな情報を与えてくれるものと期待されます。概日リズムは睡眠等の調節のみならず、種々の疾病と関連していることが近年明らかとなってきており、この手法を発展させることにより、時計リズムの本質に迫ることも可能かも知りません。
(2)金属による転写制御可能な新規亜鉛フィンガー型転写因子の創出
亜鉛フィンガー型タンパク質モチーフは生体内の全タンパク質の1割程度に見られるとされ、生体内で非常に重要な役割を果たしていると考えられます。この転写の活性化を細胞外から制御することが出来れば、病態をはじめとする様々な細胞内現象の理解や有用物質の産生に非常に有力な手法を提供すると考えられます。私達は、亜鉛フィンガータンパク質中の亜鉛と結合するアミノ酸を改変することにより、細胞内の亜鉛濃度に依存して、転写能が調節できる新しい系を開発することに成功しています(Imanishi, ChemBioChem, 2010)。私達はこの系の普遍性とゲノムレベルでの更なる応用に関しても検討を行っています。
(3)金属によるDNA認識の制御可能な新規ロイシンジッパータンパク質の創出
塩基性ロイシンジッパーモチーフ(bZIP)は亜鉛フィンガーと並ぶ代表的なDNA結合モチーフです。このタンパク質モチーフはα?ヘリックスタンパク質の二量体により構成されています。私達は独自に開発した金属によるα?ヘリックス構造の制御法を用いて、このタンパク質のDNA結合が金属により制御できることを示しました(Azuma, Angew. Chem. Int. Ed., 2009)。この方法は、残念ながら現在のところin vitro系でのみ実現可能ですが、私達は、更に検討を進めることにより、細胞内での転写制御への応用を目指しています。